言葉を選ぶ、ということ

先日ぐらんどで小さなルールが生まれました。
小さいですが、大切なルールです。
それは「ある言葉」を使わない。というものです。

ある言葉は人を傷つけることもある

きっかけはある利用者さんが使われている訪問サービスのスタッフさんからのお電話でした。

ぐらんどの職員は利用者さんをお送りする際、一日のご様子をご家族にお伝えしています。そこで使われる「ある言葉」に傷つくということを、ご家族は私たちに直接ではなく、訪問サービスのスタッフに打ち明けられていたのでした。そういうことが二度もあり、気になったスタッフは言いにくいことをわざわざ私たちに伝えてくださったというわけです。

「ある言葉」は当職員が何気なく使っている言葉で、もしこの件を知らされていなければ今後もご家族を傷つけたと思います。またそのことを直接伝えられる関係を作ることができていなかったということも反省すべきことでした。

この出来事は私たちの日々の仕事の在り方について、考える機会を与えてくれました。

前述の利用者さんのその日のご様子は口頭でお伝えするようにしています。最低限必要なことは連絡ノートに記録していますが、直接お話しすることで文章では伝わりにくい内容をお伝え出来ます。また、会話を通じて親しみが増したり、信頼関係を築いたりする上でも大切だと考えています。ところが、それが逆効果になっていたことを知り非常に残念な気持ちです。

現場で使われる言葉と日常会話のギャップ

医療や介護に限った話ではないかもしれませんが、現場で使われる専門用語や日常生活ではあまり使わない言い回しや言葉が多々あります。

介護の現場は時間との勝負になるケースが多く、スタッフ間での申し送りは簡潔に的確な内容を伝えることが重視されています。そういった言い回しを流暢にすると実用的でかっこいい感じがします。
私が仕事を始めたばかりの頃は、専門用語などを覚えることで成長できた気分になったものです。

「○○さん、入浴時、右下肢前面に直径2センチの紫斑確認しています。軽い腫脹も見られます。触れると痛みの訴えあります。」というような言い回しなど、どうでしょうか。

さすがにこのままご家族にお伝えしないと思います。わかりやすい言葉に言い換えたほうが親切で誤解も防げます。これも医療や介護の業界に限った話ではないかもしれませんが「わかりやすい言葉を使おう」というのはよく言われており、議論もされています。とはいえこのような言い回しに慣れすぎると日常の話し言葉に変えるのがむずかしく、無意識のうちに専門職でないと分かり辛い表現をしてしまいがちです。

上記の説明では、皮下出血や紫斑を「あおたん」にする?「紫色のあざ」って言う?みたいな迷いが出てしまって表現がまちまちになったり、深く考えずそのまま言ってしまったりすることがままあります。

今思えば、伝えられたご家族は違和感をもちながらも聞いてくださっていることがほとんどだったのかもしれません。もしかすると違和感どころか今回のように不快感を持ちつつもそれを飲み込んでしまうことのほうが多いのかもしれません。

何故、「ある言葉」のもつ印象に気づけなかったのか

話を戻します。
知らないうちにご家族を傷つけていた「ある言葉」とは「失禁」でした。

「○○さんですが、今日失禁があって衣類を濡らしてしまい更衣しています。濡れた衣類は水洗いしています。」

というような伝え方をしたのだと思います。

医療介護に携わる者は尿失禁というものを病態として勉強します。
尿失禁の種類には、(ごく簡単な説明です)

  1. 腹圧性尿失禁(おなかに力が入ったときにもれてしまう)
  2. 切迫性尿失禁(おしっこがしたいと感じるとトイレまで間に合わずもれてしまう)
  3. 溢流性尿失禁(おしっこがうまく出せずに、いつもちょろちょろあふれて出てくる)
  4. 機能性尿失禁(おしっこをだすこと自体は正常で、認知症や体の動きが悪くて尿もれする)

の4種類があります。それぞれ原因が違うので対応や対策を変えなければいけません。こういった学びをすることでおそらく、一般の人と「失禁」という言葉に対する聞こえ方や感じ方がずれているのだと思います。

ですが、この言葉が人を傷つけていたということを知り、職場で何気なく使われる言葉と一般的な言葉の感覚とのずれに改めて気づきました。

ちなみに「失禁」という言葉の正確な意味は、デジタル大辞泉によると
“大・小便が、自分の意志にかかわらず、 排泄 はいせつ されること。”
となっています。

私たちは普段排泄をトイレで行いますが、それが自分の意志にかかわらずトイレ以外のところでしてしまうと「失禁」となります。つまり「失敗した」という意味合いになってしまいます。

ぐらんどのような介護施設に来られる方は障害やご病気をお持ちで、自分の意志にかかわらず、排泄してしまうのは当たり前の状態です。それを「失禁」と表現するのは果たして適当なのでしょうか。

また小さな子供もいます。
障害以前におむつに排泄するのは普通なので、これを「失禁」とは言いません。

本当に失敗したのは誰?

私にとってとても気になる件でしたので、自分の感覚を確かめたくて、この話を知人に聞いてもらいました。知人はちょっと考えて
「『失禁』と言われたら、何となく責任を本人に押し付けている感じがする」
という意見をくれました。「確かにそうだな」と思いました。

よくよく振り返ってみると私たちは、利用者のおしっこやうんちをおむつやパットの外に漏らして衣類やシーツを汚してしまった状態を「失禁」と言っていたのです。

利用者はただ排泄しただけで、汚してしまったという結果は紛れもなく私たちの失敗なのに、本人のおしっこの出方がどうとか量が多いとか言い訳しながら。

おむつやパットから少々漏れて汚したりするのは茶飯事という感覚で、失敗を繰り返さないようにしようという気持ちがどのくらいあったのでしょうか。そういう気持ちがしっかりあったら、もしかしたら、もしかしたらですが、「失禁」という言葉を使っていなかったかもしれません。

報酬をいただいて介護をしている私たちは「なぜそうなったか」を真摯に受け止め、問題が生じれば改める義務があると思います。
不快感を持たれたご家族にあらためて申し訳ないという気持ちになりました。その気持ちをお伝えしていますが、戒めと後学を兼ねてこちらにも綴らせてもらいました。申し訳ございませんでした。

言葉狩りではなく「適切な表現にしよう」という意図で

ぐらんどに、
 職員間も含め「失禁」という言葉を使わない
というルールができました。

「今日は○○さんのおむつからおしっこが漏れていて衣類を濡らしてしまって着替えています。濡れた衣類は水洗いしています。本当に申し訳ありませんでした。おむつの確認のタイミングや当て方に気を付けるようにします。」

言葉の選び方、言い回しやどのようなニュアンスで表現するのか、自分たちの説明はどういう聞こえ方をするのか。これからも丁寧に考えていきたいと思います。

 

追記:まだ新ルールができてから3週間ほど。
「しっき…んっっあ!(;’∀’)」(口を手で押さえる)
そんな場面がたま~にありますが、意外と早く定着しそうです。
使わなくてもなんとかなるものですね。

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